Column



  • 「独り言&ひとり言」「ホント・・・の話」を皮切りにライターが心のままに、時には真実を熱く書き綴る。UC柏教会公式サイトを訪問して“ここを開かずしては意味がない”とまで言われる注目の扉。「さぁ、中にお入りを・・・・」
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    朝目を覚ましたら、昨日までと全く違う風景がそこにはあった・・・。などというおとぎ話のような話があるはずはない。今日も、明日も差ほど大きな変化もなくいつの間にか春を迎え、夏を迎え、秋冬と・・・、そのように時は幾度も目の前を過ぎていった。冬から春へ移り変わる時「この瞬間変わった!」というハッキリとした区別も付けることはできず、「春一番が吹いた」とかどうとか、そんな程度の私たち。所詮、時の変化に対しては曖昧なのが私たちなのかもしれない。しかし、3・11のように信じ難い変化が急激に私たちを襲い、ハッキリと明らかに変化を認識しなければならない瞬間もある。

    文鮮明先生は、この時も変わることなく2013年1月13日をD-DAYと定め、基元節として時代の変化を予告している。まもなく残り1年を迎えようとするこの時、私たち人類は歴史的一日を迎えようとしている。それが1月23日、神様の結婚式である。勿論、統一原理を学んだ者でなければ意味がわからないこの一日。神様の結婚式とは何のことなのか。それはアダムとエバの完成を意味し、家庭完成の出発を意味し、万物主管の始まりを意味する。聖書で言うところの三大祝福の成就だ。勿論、6000年前と比べて、あまりにもマイナス圏が大きい。ゆえに神様の全知全能性をしても、整理のためには、どうしても多少の歳月が必要と考えられる。

    間接主管圏から直接主管圏へと移行する1月22日と1月23日は、天と地の差があることを私たちは改めて認識し、心して時代の転換点を通過すべきである。特に間接主管圏時代の最後の一日が総蕩減的、総整理的な礼拝を捧げる時間として準備されたことを感謝し、新しい時代圏へしっかりと準備する時間とすべきだ。神様の全知全能性は、アダムとエバの結婚式を通して全天宙に伝播拡大して行くべきであったが、いよいよ6000年ぶりにその時を迎える。全世界が変革する2012年、私たちは、まちがいなく神様が生きて働く全知全能の神様であることを実感できるであろう。

    これからが本当に神様の祝福を受ける時代圏である。その中心に祝福家庭があるべきだ。祝福家庭とは神様と御父母様を愛する者たちをいう。神様と御父母様を愛する者とは、心から1月23日を祝賀できる者たちである。ただ外的に祝う者ではなく、内的に心から祝える者である。それに値する者かどうかは、他人が判断するものではなく、ただ自分のみが判断できるのだと思う。1月22日から1月23日をどのように越えようとしているのか。今一度、私たち祝福家庭、統一食口は深刻に吟味しなければならないと感じる。

    | 2012-01-21 | 教会長コラム

    もはや隠し通すことの出来ない信教の自由への侵害、拉致監禁という人権無視。これらの犯罪は、この国だけでは正される事は出来ない段階に入った。日本における統一教会員の拉致監禁強制改宗事件の現実は、統一教会を蔑視するように洗脳された国民には、全く関心のないことではあるが、信教の自由を掲げて新天地を求めたピューリタンを祖とするアメリカ国民には絶対的に赦し難い野蛮行為でしかない。今やアジア、ヨーロッパなど世界の至るところで日本における統一教会員の拉致監禁強制改宗問題が報告される事態となっている。そして、その調査と確認の為に海外から人権団体が来日するようになった。国会議員たちは初めてその事実を知るようになっているのだ。世界の常識人たちは日本の人権と信教自由のあり方を疑問視し、未来における世界指導国家としての日本の立場に疑問符をつける可能性がある。

    彼ら(反統一教会派)が言うように統一教会が反社会的組織というならば、それは世界的に優秀な日本の警察組織に任せておけばよいのではないか。今や暴力団に対する徹底的な締め付けを行なう法までも整備し、対策を講じている日本である。自分たちが正義のお面をかぶり、時代劇さながらの仕事人をして犯罪行為に手を染める必要もあるまい。結局は多額の報酬を得られるから犯罪に手を染めているだけではないか。それが統一教会員を専門とする拉致監禁屋、統一教会問題を専門に扱う弁護士、ジャーナリスト、関係者の実際である。まさに組織犯罪とは彼らのことを言うのではないか。一度メスを入れてみれば実に面白い結果となるだろう。統一教会の反社会的イメージは、彼らによって捏造され、統一教会は彼らに食い物にされ続けてきた未成熟な教会でもあったのだ。

    今まではこれらの犯罪を糾弾する余裕もなかった統一教会。泣き寝入りでしかなかった教会が、2009年からは本気で戦う姿勢を見せ始めた。慌てふためき出したのが拉致監禁屋、統一教会問題を扱い私腹を肥やす弁護士、唯物史観のジャーナリストたちだ。自分たちの犯罪を明るみにされては身もふたもなくなってしまう。そこで更なる統一教会攻撃も始まった。重箱の隅をつつくように統一教会の問題を探そうとするが、今や問題を見つけることは出来ない。ならばと過去に遡り「何かないか」と粗探しをする弁護士、ジャーナリスト。しかし手遅れだ。犯罪行為や過ちはどこかで糾弾されるべきなのだ。正義のお面をかぶった犯罪者たち、統一教会とその教会員、その家族を食い物にしてきた者たちも必ず糾弾される時が来る。その時、加害者側のように思われていた統一教会が、実は被害者だったことが証明されるだろう。その日が近づいてきたようだ。

    参考資料

    はじめての宗教論 左巻

    衆議院会議録

    | 2012-01-13 | ホント・・・の話

    母国日本に与えられる天の願いは実に大きい。津波のように押し寄せる摂理の前にただ呆然と立ち尽くすのみの場合もある。しかし、長く責任者をしていれば、一つ一つの天の願いに条件反射的に反応できるようになるものである。それでもそこに込められた意義と価値を見いだし、自らが納得した土台を作り上げ、その上で教会員の前に説明し、理解して頂くことを通して、より前向きに、より積極的に感謝して取り組んでもらえるようにと努力する。

    説明し難い度重なる摂理であるが、私は一つ一つが試験(中間試験や期末試験)であるように思える時がある。試験をクリアーしていくためには、信仰生活という試験勉強が必要であり、より質の高い信仰生活(試験勉強)は摂理(試験)に臨む自ら自身を助けることとなる。その中間試験や期末試験をよく越え、積み重ねた土台があってこそ、やがて高校入試や大学入試に合格できるようになっているのだと思う。『実力のない者が訳のわからないままに、言われる如くに頑張っていたら、いつの間にか天一国入籍の為の資格を取っていた』ということになるのかもしれない。

    牧会者職を命じられて12年、この間、様々な摂理に対して来た。そして、そこに臨む教会員の姿も拝見させていただいた。簡単ではない摂理(試験)の前に自己正当化して逃げ出したり、真摯に向き合えなかったり、信仰生活という精誠をつめなかったり、結局は自分自身の将来に大きなマイナスになっているということを悟らなければならない。一概には言えないが、また、客観的で実に申し訳ないが、普段の信仰生活の正否が重要摂理に様々な心情や結果として現われることが少なくないと感じている。

    試験合格には普段の積み重ねの勉強が必要なように、摂理対応も普段の信仰生活が必要であることは間違いない。そして、摂理の濃さ(試験の重要度)も積み重ねがなければ理解し難い事もあるのかもしれない。私は摂理責任者として常に全力投入すべき立場であるから、常に重要度を強調せざるを得ない。時にそれは、まるで“狼少年”ように見えることがあるらしい。「今回の摂理は、・・・・重要です」と毎回そうなるのであるから・・・。

    だいたい積み重ねる試験が重要でない試験などはない。やがて訪れるであろう高校入試、大学入試にプラスにならない中間試験や期末試験、学力試験、模試などはない。結局は真剣になって勉強した者勝ちであり、素直な者が最後には勝利者となれる確率は高いのかもしれない。そうは言っても摂理には絶対外せない摂理があるように思えるのは事実である。

    日本人の信仰は、よく御利益信仰だと評される。見返りを求める信仰観である。「これをすれば、こうしてもらえる」という価値観だ。人参をぶら下げられなければ動かない、走らない馬のように例えられる。実際そのような教会員も多く見受けられるし、そのようにしなければならない指導者も問題なのだろう。いつの間にか「今度は何をいただけるのかですか」「今度はどこに名前が刻まれるのですか」という声もある。これは大きな問題だ。そしてこのような堕落性を握って摂理を引っ張るのも問題だ。

    摂理の前に優劣はない。神様と真の御父母様の前に感謝して臨むのが正しい摂理観である。神様に見返りなどを要求できるような我々ではない。ただ純粋な気持ちで敬意と感謝を表すべきだ。その点で考えてみれば、昨年の金婚式や今回の古希祝賀は、神様と御父母様にどれほど感謝し、敬意を表している者であるのかを自己判断できる絶好の機会であろう。特に今回は『神様の結婚式』とまで言われている。6000年間待ちに待った神様の喜びを知るものであるなら心情が先立ち、摂理どうのこうのではなく「お祝いしたい!」という心が爆発するべきなのが信仰者の姿なのではないかと反省する。

    刻銘されるから頑張る。入籍条件だから頑張る。何々をもらえるから頑張る。摂理に同参する動機は様々に発動するものであるが、ただ神様と真の御父母様の御苦労を労い、勝利を賛美し、純粋なる子女の心情で見返りを求めない摂理同参が必要な古希祝賀摂理ではないだろうか。このような摂理同参を外してしまっては永遠の後悔になってしまうと私は感じている。摂理は十羽一絡げの同様なものではない。これは絶対外せないもの、真剣に考え勝利しなければならないものがあることを長年の摂理責任者の経験から感じてきた。古希祝賀は絶対外してはいけない最重要AAAの摂理である。

    | 2012-01-11 | 教会長コラム

    2013年1月13日がD-dayと言われてもピンと来ない私たち。終わりなく、果てしなく続くと思われるTD摂理。先行き不透明で現実味のない天一国。加えて先行き不安すぎる我が人生。様々な葛藤が交錯する中で挑戦的信仰生活よりは、保身的信仰生活に走ったとしても無理からぬことではないか。そんな思いを抱えながらも、私たちは、ただひたすら真の御父母様の願いに生きようとしてきた。それは真の御父母様の偉大さを知っているからだ。間違いなく救世主、人類のメシヤであることを確信しているからだ。

    しかし、世界は200ヶ国近い国に分かれ、多種多様な民族がそれぞれ宗教を持ち、思想的にも一致点を見いだせず、ただ時は流れてきた。真の御父母様は間違いなく偉大なる救世主であるが、先行き不透明なこの世界と未来をはたしてどのように収拾するのだろう・・・、この地上に御存命中に天一国は本当になされるのだろうか・・・、そして、どこまで私たち母国日本は摂理国家としての道を歩まなければならないのか・・・等々、多くの不安と葛藤を持ちながら、身悶えする信仰生活を繰り返す姿が私たちの姿ではなかったか。

    しかし今、私は神と真の御父母様の偉大さを改めて実感し、心躍らせ、ワクワクしながら時を過ごしている。それは私の中に見えなかった未来、「地上天国がなされる」という確信が見いだせたからだ。それほどに天運は到来した。真の父母様の精誠の賜物以外の何ものでもない。しかし、それは同時に、一瞬にして真っ暗闇に包まれ、永遠の失望と化してしまう様相もはらんでいる。故にワクワクしながらも、ハラハラ・ドキドキだ。野球で例えるなら、9回裏ツーアウト満塁、ボールカウントは3ボール、2ストライク、次の一球で夢の甲子園出場なるかどうかという高校球児のようだ。

    今、私の祈りは一つに集中している。「金正恩よ、どうか真の御父母様を受け入れてほしい!」という祈りだ。突然に父を失い、一国の指導者となった金正恩氏。彼が何を考えるかが世界平和、人類の未来を大きく左右するように思えてならない。彼が真の御父母様を受け入れれば、やがて北朝鮮は、核を放棄し、軍を解散し、永世中立国家として東北アジアの安定ばかりか、世界の平和に寄与する国家となるだろう。核の脅威から解放される日本、韓国、中国、ロシア、アメリカは最大限の物資を援助、インフラ整備のために協力し、北朝鮮は5年以内に貧しい国から豊かな国へと変貌して行くだろう。そして、金正恩氏は、本当に偉大な指導者として人民から讃えられ、父、祖父の威厳をも保つことが出来るだろう。それを可能に出来る道を準備できる人物は、文鮮明先生以外にはいない。

    “血は水よりも濃い”誰よりも北朝鮮の人民の悲惨さを解放したいと思い続けてきたのが、その地に誕生された文鮮明先生である。1991年暮れ、奇跡的な金日成主席との会談で心が通じ合い、兄弟の契りを交わしたのは、共に人民の幸福を第一とする親としての愛情が二人にはあったからだ。北朝鮮の問題は、アメリカや日本、中国やロシアがどうのこうできるものではない。ただ、祖先を共にする血の絆がある者が解決できる。血は水より濃いのだ。

    万が一、文鮮明先生を北朝鮮指導部が受け入れれば、核の問題は勿論、拉致の問題は早急に解決されるだろう。東アジアの大きな脅威はなくなり、やがて韓半島は緩やかに統一の道へと進むだろう。韓半島と日本は日韓トンネルで一つになり、朝鮮半島から中国、ロシヤに向けて国際ハイウェイが駆け巡るだろう。北朝鮮に眠る世界有数の地下資源は国と周辺国を潤し、世界貿易の中心国家ともなりうる。豊かな観光資源は世界の人々を魅了し、統一教を国教とする国民性は、国民一家族の一大福祉国家となり、永世中立国ゆえに、ピョンアンには国連関連のビルが立ち並び、世界平和のモデル国家として世界政府の中心国となり、中国の軍事的脅威も抑えることが出来るだろう。これこそ地上の楽園、天一国(天国)の顕現だ。今は悲惨に見える北朝鮮が大きく変わる時を迎えているようだ。

    2011年、中東の多くの独裁政権は倒れた。しかし、国を動かす根幹である指導理念が確立されなければ同じ過ちを繰り返すことになるだろう。金日成主席は生前、息子である金正日に「文鮮明先生は信頼できる。何かの時には頼りなさい」という遺言を残している。故に北朝鮮で文鮮明先生は特別な存在だ。私もその恩恵で2度ほど訪朝した。明らかに統一教会人は特別な扱いだ。間違いなく北朝鮮を正しい方向に導く理念を持ち、周辺国家と世界平和にプラスとなる道を構築し、飢えに苦しむ北朝鮮人民とクーデターで倒れるしかない指導部を守れるのは文鮮明先生以外にはない。

    天暦2012年1月1日(23日)をして奇跡が動き出すだろう。そして、一年後には、世界の多くの人々が真の御父母様の偉大さを称賛していると信じる。しかし、今が伸るか反るか、あまりにも重大な局面であることを思う時、ハラハラ・ドキドキ、ワクワクするばかりではいけない。責任を果たし、その精誠が天に届き、神様がその如くに韓半島に降り立つように私たちは心して歩むべきだ。天一国創建が近いことを感じる。我々は真剣に天一国への移住を考えるべき時を迎えたのかもしれない。それが本当に天一国に入籍するということなのだろ。

    | 2011-12-27 | 教会長コラム

    思惑通り山崎浩子さんの監禁説得・強制改宗は見事に成功し、TBSでの統一教会脱会宣言は国民に大きなインパクトを与えた。統一教会への反社会的宗教団体というレッテルは決定的なものとなった。しかし、彼らの一連の行動(拉致監禁計画、実行、改宗行為)は絶対に明るみにされてはならない犯罪行為であった。したがって彼らはこの瞬間も逃れることのできない恐怖心の中にある。それが犯罪を犯した者の心理である。山崎浩子さん拉致監禁強制改宗に係わった者たちは、自分たちの犯罪が暴かれないためにも統一教会を常に犯罪者集団にし続けなければならなくなった。次々に統一教会員を拉致監禁・強制改宗という江戸時代さながらの現代版キリシタン狩りを決行し、教会員を改宗させ、統一教会を批判させる側に立たせた。統一教会VS元統一教会員の構図を作り出し、内部告発のように元教会員を前面に立てて法廷闘争し、擁護弁護し、統一教会が問題集団であることを政府と国民、司法に印象付けた。

    山崎浩子さんは「私はマインドコントロールされていました」と語った。しかし、マインドコントロールされて自分の結婚を委ねるほど彼女は幼く、弱い女性なのだろうか。彼女は日本を代表するアスリートであり、オリンピック選手であった。確かな確信と絶対的な自信の中で1992年8月25日の3万組国際合同結婚式に参加し、勅使河原秀行氏との婚約を成したのだ。山崎浩子さんは信念の女性であり、立派な人格を備えていた。しかし、そんな強靭な女性も家族の絆を無視するわけにはいかなかったのだ。その家族の絆までをも利用して、反統一教会派は統一教会員の拉致監禁・強制改宗事業に精をだす。結局、彼らに翻弄された果ての山崎浩子さんの「マインドコントロール宣言」であった。

    彼らの手法は、統一教会を犯罪者集団に仕立てる。その犯罪者集団に親族が係わっているということで家族や親戚縁者の不安を煽ることだ。時には親を脅してまでも子供の救出の依頼を取り付ける(勿論、無償ではなく高額の報酬を要求)。親の依頼ともなれば、親をも共犯者として巻き込むことができ、その後も隠蔽的に事を運びやすくなる。また、最終的には親子問題として後処理も可能となる。最悪、子供は親を訴える事態を招くことになり、家族の絆は最悪となるが、親を訴えるような親不孝者は統一教会にいないことを彼らは熟知している。このような中で統一教員の拉致監禁・強制改宗は40年もの間行なわれ続けてきた。そして、山崎浩子さん以降、それは更に拍車がかかっていく事になるのだ。彼らの犯罪はエスカレートし、多くの人々を犯罪へと巻き込むことになっていく。

    | 2011-12-21 | ホント・・・の話