ホント・・・の話
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  • 統一教会員をめぐる拉致監禁。江戸時代にタイムスリップしたかのように繰り広げられる現代版『キリシタン狩り』。信教の自由剥奪・人権侵害、民主主義の根幹を揺るがす問題の裏側を考えるシリーズ。
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    もはや隠し通すことの出来ない信教の自由への侵害、拉致監禁という人権無視。これらの犯罪は、この国だけでは正される事は出来ない段階に入った。日本における統一教会員の拉致監禁強制改宗事件の現実は、統一教会を蔑視するように洗脳された国民には、全く関心のないことではあるが、信教の自由を掲げて新天地を求めたピューリタンを祖とするアメリカ国民には絶対的に赦し難い野蛮行為でしかない。今やアジア、ヨーロッパなど世界の至るところで日本における統一教会員の拉致監禁強制改宗問題が報告される事態となっている。そして、その調査と確認の為に海外から人権団体が来日するようになった。国会議員たちは初めてその事実を知るようになっているのだ。世界の常識人たちは日本の人権と信教自由のあり方を疑問視し、未来における世界指導国家としての日本の立場に疑問符をつける可能性がある。

    彼ら(反統一教会派)が言うように統一教会が反社会的組織というならば、それは世界的に優秀な日本の警察組織に任せておけばよいのではないか。今や暴力団に対する徹底的な締め付けを行なう法までも整備し、対策を講じている日本である。自分たちが正義のお面をかぶり、時代劇さながらの仕事人をして犯罪行為に手を染める必要もあるまい。結局は多額の報酬を得られるから犯罪に手を染めているだけではないか。それが統一教会員を専門とする拉致監禁屋、統一教会問題を専門に扱う弁護士、ジャーナリスト、関係者の実際である。まさに組織犯罪とは彼らのことを言うのではないか。一度メスを入れてみれば実に面白い結果となるだろう。統一教会の反社会的イメージは、彼らによって捏造され、統一教会は彼らに食い物にされ続けてきた未成熟な教会でもあったのだ。

    今まではこれらの犯罪を糾弾する余裕もなかった統一教会。泣き寝入りでしかなかった教会が、2009年からは本気で戦う姿勢を見せ始めた。慌てふためき出したのが拉致監禁屋、統一教会問題を扱い私腹を肥やす弁護士、唯物史観のジャーナリストたちだ。自分たちの犯罪を明るみにされては身もふたもなくなってしまう。そこで更なる統一教会攻撃も始まった。重箱の隅をつつくように統一教会の問題を探そうとするが、今や問題を見つけることは出来ない。ならばと過去に遡り「何かないか」と粗探しをする弁護士、ジャーナリスト。しかし手遅れだ。犯罪行為や過ちはどこかで糾弾されるべきなのだ。正義のお面をかぶった犯罪者たち、統一教会とその教会員、その家族を食い物にしてきた者たちも必ず糾弾される時が来る。その時、加害者側のように思われていた統一教会が、実は被害者だったことが証明されるだろう。その日が近づいてきたようだ。

    参考資料

    はじめての宗教論 左巻

    衆議院会議録

    | 2012-01-13 | ホント・・・の話

    思惑通り山崎浩子さんの監禁説得・強制改宗は見事に成功し、TBSでの統一教会脱会宣言は国民に大きなインパクトを与えた。統一教会への反社会的宗教団体というレッテルは決定的なものとなった。しかし、彼らの一連の行動(拉致監禁計画、実行、改宗行為)は絶対に明るみにされてはならない犯罪行為であった。したがって彼らはこの瞬間も逃れることのできない恐怖心の中にある。それが犯罪を犯した者の心理である。山崎浩子さん拉致監禁強制改宗に係わった者たちは、自分たちの犯罪が暴かれないためにも統一教会を常に犯罪者集団にし続けなければならなくなった。次々に統一教会員を拉致監禁・強制改宗という江戸時代さながらの現代版キリシタン狩りを決行し、教会員を改宗させ、統一教会を批判させる側に立たせた。統一教会VS元統一教会員の構図を作り出し、内部告発のように元教会員を前面に立てて法廷闘争し、擁護弁護し、統一教会が問題集団であることを政府と国民、司法に印象付けた。

    山崎浩子さんは「私はマインドコントロールされていました」と語った。しかし、マインドコントロールされて自分の結婚を委ねるほど彼女は幼く、弱い女性なのだろうか。彼女は日本を代表するアスリートであり、オリンピック選手であった。確かな確信と絶対的な自信の中で1992年8月25日の3万組国際合同結婚式に参加し、勅使河原秀行氏との婚約を成したのだ。山崎浩子さんは信念の女性であり、立派な人格を備えていた。しかし、そんな強靭な女性も家族の絆を無視するわけにはいかなかったのだ。その家族の絆までをも利用して、反統一教会派は統一教会員の拉致監禁・強制改宗事業に精をだす。結局、彼らに翻弄された果ての山崎浩子さんの「マインドコントロール宣言」であった。

    彼らの手法は、統一教会を犯罪者集団に仕立てる。その犯罪者集団に親族が係わっているということで家族や親戚縁者の不安を煽ることだ。時には親を脅してまでも子供の救出の依頼を取り付ける(勿論、無償ではなく高額の報酬を要求)。親の依頼ともなれば、親をも共犯者として巻き込むことができ、その後も隠蔽的に事を運びやすくなる。また、最終的には親子問題として後処理も可能となる。最悪、子供は親を訴える事態を招くことになり、家族の絆は最悪となるが、親を訴えるような親不孝者は統一教会にいないことを彼らは熟知している。このような中で統一教員の拉致監禁・強制改宗は40年もの間行なわれ続けてきた。そして、山崎浩子さん以降、それは更に拍車がかかっていく事になるのだ。彼らの犯罪はエスカレートし、多くの人々を犯罪へと巻き込むことになっていく。

    | 2011-12-21 | ホント・・・の話

    1990年4月8日、“文鮮明師、電撃的モスクワ訪問”の報が世界中を駆け巡った。そして翌年、再び衝撃が世界中を駆け巡った。1991年11月30日、“文鮮明師、ピョンヤンへ電撃的訪問”の報であった。反共産主義の盟主、文鮮明師の相次いだモスクワ、ピョンヤン訪問は、平凡に暮らす一般人にとっては、さほどインパクトも無かったのかもしれないが、世界中の共産主義者たちにとっては大きな衝撃となった。そして、統一教会を敵視し、対峙してきた者たちにとっては窮地へと追い込まれる序章であった。文鮮明師がモスクワへ訪問し、ゴルバチョフ大統領との会談後程なくゴルバチョフ大統領は、改革を加速させソ連共産党を解党し共産主義体制を終焉させる。また、ピョンヤンを訪問し、金日成主席との会談後、程なく核査察が受け入れられ、韓国、北朝鮮の離散家族も再会を許されるようになった。

    そして、1992年の3万組国際合同結婚式で三度、文鮮明師と統一教会は世界中から大きな注目の的となる。文鮮明師とは何者なのか。統一教会とはどのような組織なのか。善なのか、悪なのか。この時、文鮮明師の真実の姿、この時、統一教会の存在価値を世界中は知るべきであり、当然、日本国民も理解すべき絶好のチャンスを迎えた。しかし、それは統一教会を敵視し、対峙し、迫害してきた者たちにとっては、絶対的に許してはならないことだった。それは自ら自身の立場を失うことであり、奈落の底へと落ちることを意味していた。彼らは保身の為の道を探さざるを得なかった。マスコミを使い、連日のように統一教会批判を繰り返さざるを得なかった。まんまと国民は彼らに洗脳された。そして、彼らが最後の仕上げとして実行したのが山崎浩子さんの拉致監禁改宗であった。

    天下分け目、伸るか、反るかの分水嶺、この一大窮地に反統一教会派が取った作戦が3万組国際合同結婚式に参加した有名人、桜田淳子さんの拉致監禁改宗、そしてテレビ出演をさせての統一教会批判というシナリオであった。ところがそのシナリオは、思うようには進まなかった。彼らは、その矛先を山崎浩子さんにシフトチェンジせざるを得なくなった。有名人の拉致監禁、説得改宗、そして、テレビ出演させてまでの統一教会批判。計画は国民に強いインパクトを与え、統一教会は窮地に追い込まれるのが必至であった。これらは統一教会を食い物にしてきた反統一教会牧師と詭弁な弁護士、共産主義思想にかぶれたジャーナリスト、視聴率を取りたい一部マスコミ、職業拉致監禁改宗屋たちの計画的犯行であり、山崎浩子さん家族をけし掛け不安心を煽り、あってはならない信教の自由と人権侵害という大きな犯罪であった。計画どおりに事は運んだ。しかし、この犯罪がやがて日本を窮地に追い込むなどとは、彼らには考える余地もなかったであろう。

    | 2011-11-24 | ホント・・・の話

    1992年8月25日、あの3万組国際合同結婚式から、約半年が過ぎた1993年3月6日、合同結婚式で日本中から注目を集めた渦中の人物、山崎浩子さんは忽然と消息を絶った。婚約中であった勅使河原秀行さんも一切の連絡が取れなくなった。やがて46日経った4月21日、突然として彼女はTBSテレビで記者会見を行なうことになる。「私はマインドコントロールされていました」と。統一教会脱会宣言をテレビ画面を通して日本中に宣言したのである。いったい46日間の中で彼女に何があったのだろうか。あんなにも祝福(国際合同結婚式)を喜び、フィアンセ・勅使河原秀行さんと仲むつまじく喜びの会見までしていた彼女なのに・・・。

    統一教会の脱会宣言は、すなわち勅使河原秀行さんとの婚約解消ともなってしまった。失踪中の46日間、彼女はどのように過ごし、どのような心境の変化をさせていったのだろうか。その秘密を解く鍵がある。後に、週刊文春に掲載された山崎浩子さんの手記に「姉たちが”ら致・監禁”をするなんて・・・、到底信じられないこのような思いだった。けれど、これは間違いなく、統一教会で何度も聞かされていた”ら致・監禁”であろうことは明らかだった・・・」と記している。少なくとも彼女は自分の意志ではなく、家族ら第三者の強制的な意志によって自由を奪われ、46日間の間、失踪という消息不明の事態に落とされてしまったのだ。

    何度も聞かされていた悲惨な拉致監禁、それが自分の身に起っている事実に彼女はひどく動揺したに違いない。信教の自由が保障されているはず、しかも自分は立派な成人。信じていた家族が自分を信じてくれない憤り・・・。様々な思いが錯綜しながら1日、2日と過ぎていったことを容易に理解できる。しかし、この拉致監禁は家族だけで事を起こしたのではない。統一教会を窮地に追い込むために用意周到に計画されたものであった。暗躍する彼らは、山崎浩子さんを救いたかったのではない。山崎浩子さんと家族を利用して統一教会を窮地に追い込む作戦を決行したに過ぎないのだ。その彼らの正体とは・・・。

    | 2011-11-08 | ホント・・・の話

    山崎浩子さんと言えば、多くの日本国民は“新体操の女王”と脳裏に浮かべる。世界選手権やロサンゼルスオリンピックで日本代表として活躍し、その後はタレントとしてテレビでも活躍した。その彼女が統一原理を学び、1992年8月25日の統一教会主催3万組国際合同結婚式に参加したことは、世間を「あっ!」と驚かせることになった。大スターとなっていた桜田淳子さん、バトミントン・元世界チャンピオンの徳田敦子さんと並んで、統一教会を反対する者たちには3大広告塔として非難された。

    反統一教会グループにとって手痛いのは、統一教会が世界的に展開する世界平和運動が日本国民に正しく紹介されてしまうことだ。統一教会の価値、その本質を考えさせる間もなく、悪しき宣伝を繰り返し、とにかく社会悪にしておかなければならないのだ。その意味において、1992年8月25日の桜田淳子さん、山崎浩子さん、徳田敦子さんが参加した合同結婚式は、日本国民の注目度があまりにも大きく、反統一教会派にとっては、一歩間違えると築き上げてきた統一教会=“社会悪”という風評が一蹴されかねない伸るか反るかの分水嶺だった。

    マスコミを巧みに使って、統一教会=反社会的と国民を洗脳してきた彼ら(反統一教会グループ)と、「とにかく数字が取れれば良い」と言う傾向が強いマスコミ。思惑の一致は、ここでも統一教会を窮地へと追い込むことになる。彼らのプロパガンダは見事に成功した。国民は、「統一教会は異常な集団だ。」とマインドコントロールされた。統一教会の合同結婚式に参加した桜田淳子さん、山崎浩子さん、徳田敦子さんらを異常な人物のように観るようになっていた。そんな環境を作り出した反統一教会グループは、統一教会を更なる窮地へと追い込む次の一手を打ち込むのである。ターゲットは山崎浩子さんだった。

    | 2011-10-28 | ホント・・・の話