1954年5月1日、世界基督教統一神霊協会(統一教会)は創設されます。それから56年が過ぎた今も多くの迫害と試練、批判を受ける統一教会であります。過去、十数回に渡って「苦難の道」と題して綴ってきたこのシリーズでありますが、一般の皆様に「誤解を解こう」とか、「統一教会を受け入れていただこう」という思いは小さく、実は文鮮明総裁という方がどのような方なのかを正しく知っていただきたいという思いでありました。
2000年前、キリスト(救世主)と呼ばれたイエスは33歳にして十字架上で最期を遂げていきます。どこの誰が生まれながらに死刑の定めがあるでしょうか。「イエスは33歳にして人々の罪のために十字架で死んだ。」と主張する人がいます。しかし、彼は生きて神から与えられた責任を果すべき使命があったのです。では、いったい誰が彼を十字架へと追いやったのでしょう…? 深刻な話ですが、イエスに最も近かった弟子たちがそうしたことを容易に理解できます。
イエスに罪はありませんでした。生涯全く罪らしい罪は見当たりませんでした。十字架上で死刑に値する罪は何もなかったのです。そのイエスが十字架に追いやられたのは側近の者たちの誤った信仰生活であり、非常識的な日常の振る舞いであったことを認めるべきです。師イエスの十字架後、弟子たちは「私の罪(不足な信仰生活)のためにイエス様は十字架で亡くなられた」と周囲に胸の内を漏らしたことでしょう。偉大なるイエスであることを気付きもせず、自分たちの不足さがイエスの価値を曇らせ、イエスと人々の間に障害となったと悔いたのです。
さて皆様、愛する統一教会の兄弟姉妹の皆様。以上の話は2000年前の話として済ますことが出来るでありましょうか…? 私たちの尊敬する真の御父母様(文鮮明先生御夫妻)が世間で誤解、批判、非難されるのは何ゆえでしょうか…? いったいどうして、御父母様が、統一教会が、苦難の道を行かなければならなかったのでしょうか…? 誤解し、批判し、非難する人々が真の父母様の何を知っているのでしょう。彼らは何を見て御父母様と統一教会を批判するのでしょう。教会員である私たちの行動、不足なる弟子である私たちの無知と愛の無さを見ながら、指導者としての真の御父母様に矛先を向けているのです。
宗教が外圧に屈して崩れたことはありません。宗教の崩壊は不信仰と内部分裂から起こるものです。宗教に誤解と批判と非難は付き物です。人の邪心に巣作ろうサタン(悪魔)が存在するからです。しかし、正しい信仰は、やがてそれらを自然屈服、凌駕します。真の御父母様と統一教会の苦難の道は、実は私の不信仰とみ旨に対する曖昧さが産み出していた副産物であったことを厳しく自己批判し、悔い改めるべき時を迎えています。天の摂理に対する無知蒙昧さと責任転嫁・自己正当化型の人生観は、更なる苦難を御父母様に背負わせてしまう事を自覚しなければなりません。苦難の道は、不足なる我々の「身から出た錆」だった事に気づきましょう。

